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博多の祭り

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         博多の祭りとルーツ

博多の祭りとルーツ

  博多の祭りといえば、全国的な知名度がある祭りである、『博多祇園山笠』と
  ゴールデンウィーク中に開催される『博多どんたく』が特に有名です。


  山笠の期間中には、一般道を山笠が走るので、車も通行止めの規制がかかり、
  博多の町中が山笠一色といった感じです。

  勇壮な『追い山』は、その山笠のクライマックスともいえます。


  また、どんたくは誰でも飛び入り参加ができる、市民参加型のお祭りです。
 
  福岡・博多の、街のあちらこちらに特設ステージが設けられ、お笑いタレントや歌手
  が出演したり、歌合戦があったりで、終日にぎわいます。


  また、筥崎八幡宮で行われる、勇壮な『玉せせり』や『放生会』も博多の風物史には
  かかせないものです。


  このページでは、福・博の四季をいろどる博多の祭りをご紹介いたします。


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 玉せせり

正月1月3日に、筥崎八幡宮(東区・箱崎)でおこなわれる勇壮な祭りです。


直径20〜30センチくらいの陰・陽2つの玉を3つの組に分かれてせりあいながら、末社玉取恵比須神社から本宮楼門まではこんでいくというものです。

まるで大きな騎馬戦のような感じの祭りです。

筑前一ノ宮の筥崎宮は、宇佐八幡・石清水八幡と並ぶ日本三大八幡宮のひとつで国の重要文化財です。
 
主殿には応神天皇、相殿には神宮皇后と玉依所姫命(たまよりひめのみこと)が祭られています。

創建は天平法字3年(759年)と伝えられています。

楼門にかかっている『敵国降伏』の額は、蒙古襲来の時に亀山上皇が書いたものを、後に拡大複写したものと伝えられています。


玉取祭(たまとりさい)は500年くらい前の室町時代に始まったもので、神宮皇后の三韓遠征の際に竜神が干珠と満珠を献上したという伝説からきたものと伝えられています。

そして、玉せせりは、恵比須信仰ににもとづく豊漁・豊作と商売繁盛の年始の占いといった意味もあるようです。
  
  
午後1時ころに玉洗いの儀式から始まり、神主が最初に子供達に玉を投げ、やがて締め込み姿の男衆の手に渡されて、本殿へ運ばれていきます。

玉せせりは祭りであり、儀式でもあります。




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博多の祭り、玉せせり


 どんたく(博多どんたく港まつり)

毎年5月3日(憲法記念日)と4日のゴールデンウィークに開催されるので、全国一の人出となる福岡・博多のもっともメジャーな市民の祭りです。
  
 
『どんたく』の意味は、オランダ語のゾンターク(Zondagu)のなまりで、日曜・休日のことをさします。

今の博多どんたくは、博多の町人行事(新年の祝い)であった松ばやしと港祭りが一体化したものが原型となっています。


12世紀頃に生まれたといわれる、松ばやしですが、貝原益軒の『筑前国続風土記』によると、正月15日に福禄寿・夷・大黒天の三福神をつくり、馬に乗せ、はやし言葉を唱え、終わりには小さな仮閤に車をつなぎ、舞衣を着た稚児を乗せ、まず藩主の所へ行き、笛・太鼓にあわせて猿楽の短い謡曲をうたい舞い、ついで櫛田神社・崇福寺・博多の町を練り歩いたといいます。

この松ばやしが、戦後になって市民の祭り『博多どんたく』となって復活をしたのです。


どんたくの特徴は、市民総参加の祭りなので、誰でもが自由に参加できる、とても博多らしい祭りです。

着物に編み笠をかぶった人達が三味線を弾いたり、踊りながら福博のメインストリートを闊歩します。

とびこみで参加してもOKです。

また、あちらこちらに特設ステージが設置され、新人歌手や地元タレントらが出演します。

最近は、けっこう売れている芸能人も来たりします。素人のど自慢大会やテレビ中継がはいって色々なイベントもおこないます。


 また、西鉄が『花バス』といって動くネオン街の様な、電飾をまとったバスを何台も走らせ、夜の街を華やかにします。その昔、福岡に市電が走っていた頃は『花電車』とよんでました。これを全部見るのが子供の頃のどんたくの楽しみでした!




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博多の祭り、どんたく
博多の祭り、花電車


 山笠(博多祇園山笠)

博多の祭りのなかでも、最も勇壮な男の祭りが山笠です。


毎年7月1日から15日までが山笠の期間で、博多の町のあちらこちらに『飾り山』がおかれます。

飾り山は、伝統的な戦国武将ものもあれば、その時に話題の事柄や人・アニメのキャラと色々なテーマの山があり、博多んもん(博多っ子)の目を楽しませてくれます。


山には『舁き山笠』といって、人間がかついで動かす山もあります。しかし、昔はひとつの山だったそうです。


櫛田神社には、中殿に大幡主命(おおはたぬしのみこと)を、左殿には天照皇大神(あまてらすおおみかみ)、右殿には素盞鳴命(すさのおのみこと)、が祀られています。

天正15年(1587年)に、博多の重要性を感じた豊臣秀吉公が、『博多町割』とともに、度重なる兵火で荒廃していた櫛田神社に、現社殿を建立寄進しました。

博多の人達には、商売繁盛の神様として親しまれています。

山笠は素盞鳴命(祗園宮)に対する奉納行事です。



山笠の起源は、言い伝えによると、鎌倉時代に博多で疫病が蔓延し多くの死者が出た時に、承天寺の開山聖一国師弁円という僧が、町人達のかつぐ施餓鬼棚に乗って博多の町を練りまわり、疫病封じの祈祷水をまいて清めたとされ、

この施餓鬼棚が発展した山笠の原型になったという説もありますが、諸説があり、はっきりした起源は定かではないようです。


山笠には、祭りをおこなう『流れ』という組織があり、厳しい上下関係と規律のもとで、祭りの様々なしきたりをおこないます。

中洲流・千代流・東流・西流・恵比須流、土居流、大黒流で構成され、この7つの流で15日早朝に行われる、山笠のクライマックス『追い山』で櫛田入りのタイムを競い合います。

この追い山が終わると、博多の街も本格的な夏になります。




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博多の祭り、山笠


放生会(筥崎宮)

博多では、『ほうじょうえ』ではなく、『ほうじょうや』と言います。

9月12日から18日までの1週間行われます。

博多三大年中行事のひとつに数えられ、1000年前から続く山笠・どんたくより古い祭りです。

もともとは仏教の行事であり、殺生を控え生き物の命の大切さを見つめなおす為の儀式です。

また、実りの秋を迎えるこの時期に山の幸・海の幸に感謝する祭りでもあります。

宇佐八幡・鶴岡八幡・石清水八幡といった各地の八幡神社に広がりましたが、明治以降は仏事ということで神社では廃止になったところもあります。


放生会の名物といえば、期間中に筥崎宮の参道に軒をつらねる露店の数々です。

また、見世物小屋などもありました。

子供のころは、さっさとお賽銭をあげたら、この露店めぐりをするのが一番の楽しみだった覚えがあります。

いか焼きやりんご飴、綿菓子にお面、そしてチャンポン(長崎のビードロと同じもの)というガラスのおもちゃも忘れられませんね。
博多の祭り、放生会
   
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